遺跡馬鹿  安陽と北京は遺跡だらけ:曹操高陵


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曹操高陵(曹操のお墓)

三国志でおなじみの曹操の墓が発掘され、立派な博物館ができました。
※実際の墓に入ることはできません。
※遺骨の展示はありません。

曹操高陵への行き方(2026年5月の情報)
・安陽東駅から直通バスが出ていますが、2時間に1本と言われました。(運転手談)
・殷墟宮殿宗廟遺跡の正門前から出ているバスは30分に1本だとパネルに書いてありました。
見学に必要な時間ですが、復元墓と博物館で2時間もあれば十分だと思いました。




◆曹操高陵へのバス(2026年6月)


  
緑色のバスは安陽東駅が始発の58番バスです。
赤色のバスは殷墟宮殿宗廟遺跡の正門前から出ているバスです。
直通だし、単純往復なのでおススメです。


 
入口です。見学に必要なものはすべてここにあります。
曹操のお墓に向かいます。かなり歩きます。
通りすがりのおじさんを中央に置いて、遺跡の広さを感じていただきます。
曹操の銅像ですが、ヒゲモジャなのが納得いかなかったりするわけです。



曹操墓



ジオラマで遺跡の周囲と位置などを説明しています。
いよいよ曹操の墓と対面です。
この衝立の裏に回り込みます。
昔は衝立の正面まで道(神道)が通っていたようです。



ついに曹操の墓と対面です。
水平に壁面が削られています。
その奥に扉があります。
ズームして撮ってみました。



お墓を一周しました。
後ろの方に来てみると、明り取り用の穴らしきものを発見。
そして近くに盗掘と調査の際に開けられた穴がありました。
ビリビリ動画でこの穴について調べてみたら、開けられた年代が分かりました。



次は復元された墓の方を見学します。
通りすがりのおばさんを一緒に写すことで墓道の大きさを知ってもらいます。
先ほど見た墓だと広々とした印象を受けましたが、絵図のように意外と急で狭い感じですね。



入口から内部を見ているところです。
キレイに整えられていて、写真のような荒れた様子はありません。



盗掘の穴は内側から見ると、こうなっています。
懐中電灯が大活躍です。
この位置は曹操の棺があった部屋です。
泥棒たちは一発で主室を掘り当てたみたいです。
「田んぼの水がどんどん吸い込まれていく!」という情報から始まった曹操墓の調査。
壁に残る泥水の痕跡がそのできごとが真実であることを証明していますね。



曹操の墓室(後室)です。
1枚目は曹操が埋葬されていた後室中央から入口を見ているところです。
階段が見えます。
2枚目は同じく後室中央から左側の部屋を見ているところです。
石棺らしき跡があります。
部屋に入って石棺跡がどうなっているのか確認しているところです。
この後室の左右には女性が副葬されていました。



博物館内から曹操墓を観られる唯一の場所です。
下りるためのハシゴが写っています。
出口付近だったと思います…注意深く館内をうろうろしてください。



博物館展示品



出土した遺物を見ていきます。
■石板 1998年4月にこの墓誌が見つかりました。
「魏武王」と刻まれていたため、この辺りに大きな墓がある可能性を示していました。
■曹操が使っていたという石枕:裏面に”魏武王常所用慰頂石”と書かれています。
やわらか枕派の人から見ると、ちょっと信じられないですね。
これを見ただけで頭痛に悩む曹操の”藁にもすがりたい”気持ちが伝わってきます。
■曹操のことが刻まれた石牌:”魏武王常所用挌虎大刀(かくこだいとう)圭形石牌



■煤精虎彫:曹操が持っていた”虎”の人形です。
曹操も私と同じ”虎好き”だったと思うと胸アツです。
煤精は黒くて硬い石炭のことだそうです。

B2からB1へ移動します。曹操が誘導してくれます。

■陶彫形多子物入れ:複数の仕切りがある丸い陶製の小箱ですが、子供が多く生まれて一族が繁栄して欲しいという意味をあるんだそうです。
後漢から魏晋時代への副葬文化の移り変わりを示す貴重な遺物として注目されているんだそうです。



■陶俑と動物の陶俑:曹操墓の不思議なところはこういう庶民レベルの副葬品が混ざっていることです。
そのため曹操の墓ではないという否定論を呼び込んだりしました。
■日本の高坏(たかつき)に似た食器が展示されていました。
高級果物を盛るのに良さそうな食器です。
■陶耳杯(とうじはい):器の両側に小さな取っ手(耳)がついた伝統的な酒器です。
後ろにある食器はスープや大物のおかずを入れるモノかもしれません。



■青瓷罐:黄色くて丸い。使いやすそうなサイズです。
用途は何なのか。
■陶灸炉:お灸用の器具だそうです。
おそらく、火のついたもぐさ団子を置き、器が温まってきたところで患部に置くのでしょうね。
曹操が使ったにしてはずいぶんと粗末な代物に見えますが、こういう粗い物の方が使い勝手が良かったのかもしれません。
■曹操の机(イメージ?):曹操が家族にあてて書いた 『内訓』 が解説板で紹介されていました。
こういう机で「衣服は10年着て、毎年洗い、やぶれたら繕って着ること」などと書いたのでしょうね。



■武具が復元されていました。
■オミヤゲ売り場です。
あまり欲しい物がなかったので、とりあえず写真を取りました。
曹操もキャラ付けされた可愛いマスコットみたいになってました。
曹操と一緒に写真が撮れるコーナー。



曹操は頭痛持ちで生前は悩まされたそうです。
中国の人はその曹操に頭痛薬をお供えしています。
棚には古いものから新しいものまで、多種多様の薬が並んでいました。


おまけ…曹操墓の謎




曹操高陵の空撮を見ると、敷地内に丸い建物が建っています。
youtubeでレポしている方の映像を見ると、内部は深く掘り下げてあり、何か構造物が見えました。
二重の円になっていて、見学者は入口から入り、狭い通路を通り、穴を見学し、また壁にそって進み出口に出ます。
この丸い建物、実は館内図から消されていたので、私も気がつきませんでした。
調べたところ、どうやら「西高穴1号墓」のようです。
曹操の墓は「西高穴2号墓」なので、西高穴1号墓である確率は高そうです。
発掘調査では埋葬者を特定できなかったそうです。
ただこの穴の壁は現代の技術でキレイに塗られ、何か文字が描かれていました。
本来は高陵と合わせて一般公開する予定だったのかもしれません。
しかし、今は黒い壁で覆われ、館内図から消されています。
どうして西高穴1号墓だと公表しないのでしょうか。
隠すけれど閉鎖はしない理由も分かりません。
一番怖いのは見学者の後ろにも壁を作り、見学している人々まで隠すようにしていることです。
色々と謎の多い曹操のお墓です。
これから行くのでしたら、ぜひ、穴を確認してみてください。





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