| 遺跡馬鹿 安陽と北京は遺跡だらけ:殷墟博物館(新館) |
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殷墟博物館
2023年10月にオープンした巨大な博物館です。「大邑商(だいゆうしょう)」 建物には大邑商という文字が嵌めこまれています。 意味は「商朝による王国の首都に対する専用の美称です@百度百科」 殷墟宮殿宗廟遺跡からは歩いて15分ほどで到着できます。 途中で橋を渡りますが、ゆったりと流れる川は古くは『洹水(かんが)』と呼ばれていました。 博物館の平面デザインはこの「洹」の字を意識して設計されているそうです。 ![]() 博物館内のレストランで 『甲骨文字麺』 を食べました。 山梨の「ほうとう」に似ているけれど、腰がなくペラい感じでした。 麺に文字が印刷されているだけなのにニコニコしながら食べてしまいます。 ![]() 博物館内の売店です。 小さくてかわいい物が色々と売っていました。 偉大的商文明 ![]() 1枚目の写真は、「后母辛_銅鼎」です。 「辛」とは死んだ後につけられる廟号で、婦好のことです。 殷の王族は、亡くなると十干(甲・乙・丙・丁…)の文字を廟号に用いたそうです。 十干は商(殷)時代にはもうあって甲骨文字にも使われているそうです。 2枚目は婦好墓の副葬品などです。 3枚目は象牙でできた鳥の彫刻です。 ![]() 1枚目は同じ大きさの鼎が3つ並んでいます。 まるで『ちいかわ』みたいで微笑ましい青銅器です。 2枚目の地形図は殷墟ですが、上部の王宮と川を挟んで下部は王墓を見ると、聖地と穢れ地という風にこの頃から分けていたのかなと思いました。 3枚目は「イノシシ頭の蓋の入れ物」というタイトルです。 フォルムが丸くてかわいいです。 ![]() 1枚目は牛の生け贄で、保存状態がとても良いです。 小さいので子牛かなぁと思ったのですが、日本ではこういう展示品はほどんど見ないので新鮮に感じました。 2枚目ですが、王陵遺跡にもあった、人の頭が入った蒸し器です。 上からのぞくと歯が見えます。 こちらも王陵と同じく、犠牲になったのは異民族の子供と言われています。 ![]() 1枚目、こちらは平民の子供の遺骨です。 歯を調べたところ、4歳から5歳くらいの子で口に「貝」を含んでいたそうです。 あの世で食べるものに困らないようにという願いなのでしょうか。 2枚目は生贄にされた遺骨です。 二人が似たような甕を頭にかぶせられ、体を曲げた状態で発掘されました。 3枚目は文字と人形のポーズがリンクしているのですが、殷墟遺跡ではこの状態で発掘された遺骨が過去にあって、ガラスケースの上から見学することができました。 今はなくなっていて、このモデルとなった遺骨もどこにあるのか分かりません。 またいつか展示して欲しいと願っています。 ![]() ![]() 等身大の人形を使い、青銅器が生まれるまでを再現していました。 今は青緑色の青銅器たちですが、誕生した時は金ピカだったんですね。 この青銅器、デかすぎで可愛いです。 青銅器の鋳型も展示されていました。 鋳型マニアにはぜひ見てほしい。 この鋳型は黄砂が運んできた砂から作られていると昔に聞いたことがあります。 細かい彫刻に耐えられるだけの砂質が青銅器文化を支えていたんですね。 ![]() ![]() 人気者を紹介します。 ブタくんとウシくんです。 特にブタくんの人気は高く、多くの人がこの子の写真をネットにアップしています。 私は2枚目の青銅器が気になっています。 『「キングダム』」に登場する「河了貂(かりょうてん)」の被り物に顔が似てます。 解説では「羊」だそうですが…どう見ても鳥に見えます…。 ![]() ■亞長 犀(アチョウサイ):亞長墓出土:中国大陸では絶滅したスマトラ犀がモデルではないかということです。 目線がこっち向いてる!見られてる! 背中から物を出し入れできるようになっています。 この可愛いお尻にメロメロになる人が多く、ネットでの写真も多いです。 ![]() ■亞長の铜觥(あちょう どうこう):亞長墓出土。 「觥(こう)」とは動物の骨で造った酒器のこどで、これは銅製の酒器になります。 何の動物なのか、分からないですが、「なめくじ」に似てるなと思いました…なめくじに足はないですけど! ■刻辞卜骨:切手にもなった有名な卜骨です。 オミヤゲ売り場にありましたね。 ■亞長の銅手形器:貴族・軍事指導者であった「亜長」の墓から発掘されました。 私は「義手」という説に票を入れたいと思っていますが、呪術的なアイテムかもしれません。 または「孫の手」説などもあります。 手の甲は美しい彫刻があるのですが、手のひらの方は雑な感じでした。 ![]() 武器マニアの皆さま、お待たせしました。ちょっと変わった出土物を紹介します。 ■銅獣首刀:亞長墓出土:商王武丁の時期は北方の民族との闘いが多かったのですが、これらの刀は北方草原文化の特徴を色濃く残していることから、戦利品、または複製品を当地で作ったものかもしれないということです。 商の人から見ると、文化包丁のような自国の刀より、細身で湾曲したデザインはカッコ良く見えますよね。 2枚目は殷墟で発掘された「白陶」です。 商の時代は青銅器だけでなく制陶の規模や技術も高度に発展し、1000度を超える焼成技術も持っていました。 商早期の原始的な焼き物だけでなく、商晩期の白陶も制陶の技術の高さを物語っています。 ■白陶豆:鉄分の少ない良質なカオリン土を用いた白色土器です。 豆とはオヤツなどを盛るために使用する器です。 鋳型の技術がそのまま制陶に向いた感じですね。 安陽で育まれた漢字は日本人にとっても興味深いです。多くの人にこの地を訪れてもらい、漢字の面白さを知って欲しいです。 ちなみに市内には「中国文字博物館」という文字に特化した巨大な博物館も建っています。 |