遺跡馬鹿  安陽と北京は遺跡だらけ:羑里城遺址


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易占発祥の地!文王とは!羑里(ゆうり)城遺址とは!


羑里城と文王の関係を妄想交えて紹介します。
文王の姓は、姫(き)、諱は昌(しょう)です。
アニメ「封神演義」で真のヒロイン!を演じていた老人「姫昌(きしょう)」が文王です。
太公望をスカウトしたエピソードも有名です。
文王は商(殷)国の紂王によってこの地に7年も幽閉されていたにもかかわらず、その期間を無為に過ごさず易経を編纂したと伝えられています。
地下に造られていたという牢獄の痕跡はすでにありませんが、跡地が残っているのには驚きです。
私は易占を勉強中なので、この地を訪れて尊師でもある周国の文王に思いを馳せたいと思っていました。



★どうやって行くの?



ホテル近くの公交車駅バス停から安陽東駅まで移動(40分)。
次に安陽東駅前のバス停から「旅游5路」に乗りました。(始発)
終点が羑里城なので気が楽です。
中国は時刻表がないのでバスがいつ来るのか分からないのがツライところです。



行先を表示する案内板。
安陽東駅から殷墟や曹操の墓などへ行けますが、本数は多くないので要注意です。
旅行案内所みたいなものもなかったので案内板だけでは不安です。



80分ほど乗って羑里城に到着しました。
この時、下車したのは私だけでした。
帰りは下りた停留所から乗車することになります。
停留所の確認を忘れずに。



中に入って正面に『周文王羑里城』の碑があります。



周王のデカい像が広場の中心に!
丸顔の肖像画も見かけますが、こういう”見るからに哲学者”のような顔立ちのイメージが強いです。



太極水景池
周文王の像を挟んで左右に造られています。
易占の地なので、あちこちに太極を意識したモノがあります。



ベンチの台座に太極!
これは可愛いです。



池には黄金の鯉がいました!
金運アップのきっかけになれば嬉しいです。



敷地の中には石碑が多くあります。
易経の聖地ということで著名人が訪れているようです。



ここには「文王像」が祭られています。



文王です。
紀元前1125年に生まれたそうです。
アニメ『封神演義』に登場する姫昌は実在の人物ですが、悪女「妲己」は史書には登場しないということです。



この建物内には渋い系のオミヤゲが売っています。
これは『羅盤』ですね。
良い物は一万元ほどの値札がついていました。



こちらは関連書籍の数々。



昔の筮竹は竹ではなく、このような草の茎を乾かしたものを使っていました。
日本の「ノコギリソウ」で、中国では蓍草(shī cǎo)と呼んでいます。
筮竹を「めどぎ」とも呼ぶそうで、それはこの蓍草から来ているそうです。
今は竹を使うことが多いですが、やはり「霊気を宿す神聖な草」と呼ばれる蓍草で占ってみたいものです。
ただ、これは太すぎですね!
50本をジャラジャラするのは大変そうです。



熱心に羅盤を見つめるおじいさん。
易占をたしなむに人にとっては興味が尽きない品ぞろえです。



文王が太公望に声をかけるシーンが描かれていました。



牢屋で易をあれこれ思索する文王。



羑里城で一番重要な場所がここです。
文王が周易を完成させたのが ”ここ!” だそうです。
「文王易を演ず」ということで、扁額が『演易台』となっています。



天井に太極と八卦がえがかれています。



ちょっと若い感じの文王ですが、切り株の上に算木がおいてありました。
裏に回ると壁に伏羲の彫刻がありました。



蓍草(shī cǎo)です。
ノコギリソウですが、日本では普通に見かける雑草です。
竹ではないですが、占いの道具としてこれも「筮竹」と呼ばれるそうです。
秋から冬にかけて刈り取るそうです。



これは八卦の陣を応用した迷路です。



『歴代易学発展史料陳列』。
易学について学べるようになっていますが、中国語の解説しかありませんでした。



左から 伏羲、文王、孔子 です。



易経の本




易経の本と筮竹(蓍草)です。
筮竹は1本1本が太いです。




こじんまりとした展示になっています。





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