pegasus go to Egypt 



 なぜペガサスはエジプトに行ったのか…。

アニメを観た時も原作を読んだ時も、その動機について興味を感じました。
もちろん王様が古代エジプトのファラオだったことやデュエルモンスターズの誕生がトト神をルーツに持つタロットカード辺りから来ている事など、物語の根幹にエジプトが関わっている以上、ペガサスがエジプトに行くことは不自然ではないし、むしろ彼が行かなければ何も始まらなかったのも事実です。

ただもう少しペガサスがエジプトに魅かれた深い意味を追ってみたくなりました。
彼の行動を通して遊戯王の闇に潜む魂の問題に光が当てられたらいいなぁ〜と思います。

第40話:キング・オブ・デュエリスト





 物語の始まり


私が十七になって  まもなくした頃……
シンディアは病でこの世を去りました…
何ヶ月も……私は心の真っ白なカンバスを見つめていました
気がつくと私はエジプトを訪れていました

古代エジプトでは、現世の人の魂は来世へと継がれ、永遠のものとされる死生観に興味を持ったからデス…

遊闘132−悲しみの千年眼より



    ここでは将来を誓い合ったシンディアの死を受け止められず、無為な日々を過ごしていたペガサスが、運命に導かれるようにエジプト行きを決めた話が紹介されています。

    もともとペガサスは画家になるという夢がありました。
    ”御曹司の道楽”と後ろ指を指されそうな夢ですが、父親の跡を継ぐという現実から逃避するように絵にのめり込む姿が浮かんできます。
    そのペガサスが何も描けなくなったというのですから、シンディアの死がペガサスに与えた衝撃の大きさが伝わってきます。



 ペガサスの宗教について


私の父がラスベガスのカジノ経営で莫大な資産家だったこともあり、夜ともなれば、幼い私の手を引いて派手な社交場にくりだす毎日でした…

遊闘132−悲しみの千年眼より




    アメリカ人の85%は、自分をキリスト教徒(カトリック・プロテスタント)だと思っているそうです。
    【参考:World Christian Encyclopedia 2nd ed 2001 Oxford Univ. Press】

    ペガサスの口から信仰している宗教の話は出てきませんでしたが、教会を社交場と見なし、世間の評判をあげるためにせっせと通う人もいるそうです。
    それも社会的地位が高ければ高いほど、そのような傾向があるらしいので、ペガサスの父親も名士としての体面を保つために、足繁く教会に通っていたということは簡単に推測できます。
    もちろん熱心な信者として通っていた場合も十分考えられます。

    ペガサスの父親にどれほどの信仰心があったのかは分かりませんが、父親の手を引かれ幼い時から教会に通っていたペガサスは普通のキリスト教徒としての死生観を身につけていたことは間違いないと思います。




 キリスト教の死生観


私が十七になって まもなくした頃……
シンディアは病でこの世を去りました…

      (中略)

古代エジプトでは現世の人の魂は来世へと継がれ、永遠のものとされる 死生観に興味を持ったからデス…

遊闘132−悲しみの千年眼より




    キリスト教の死生観…宗派によって違いがありますが超解釈すると…

      「人間の死は、肉体が滅びるが、魂は不滅である。
      死んだ人間の魂は”あの世”へ行き、最後の審判の日を待つ。
      最後の審判の日、ラッパの音と共に復活した魂は肉体を得、神の国で永遠の命を与えられる。(悪い魂は地獄行き)」


    キリスト教には仏教のような『輪廻転生』という考え方はありません。
    あなたという人間が死んだら、あなたの魂はあなたのまま、あの世でラッパが鳴る日を永遠に待ち続けることになるのです。

    ペガサスが魅かれた古代エジプトの死生観、それは来世という名の「永遠の命」です。
    古代エジプト人は人が死んだ後、正しき魂は楽園に行き、そこで現世と同じように楽しい生活を送ることが出来ると信じていました。

    キリスト教の死生観と古代エジプトの死生観…どちらも最終的には”楽園”が用意されているのですが、ペガサスはそこに微妙な差を感じ取ったようです。

    魂のもてなし方が同じなら、なぜペガサスはエジプトに魅かれたのでしょうか。
    私の勝手な想像ですが…、

      キリスト教のように神の降臨を待たなくて良いこと。
      死者の魂が来世で今と同じように生きていけること。

    単純に上げてみると上の2点なんですが、やはりペガサスの心の中ではキリスト教の神に対しての不信感や絶望感がくすぶり続けていたのだと思います。

      シンディアの命を救ってくれなかった神…


    ペガサスが異国の宗教に引かれた最大の原因はこの辺にあると私は思います。




 千年眼の力


【シャーディー】
    お前は今からこの千年眼によって試される…
    所持者としてふさわしいかどうかを…
    もしお前が認められたら…
    千年アイテムは所持者となるお前の願いをひとつだけ聞き入れる……
    そう……冥界の扉を開け、お前の恋人と会わせよう

私は千年アイテムの試練を受けたのデス…
そして奇跡は起きたのデス
光が…私を包み…… …扉…
そこには私の求めていた景色があった
シンディア………!!
それは  ほんの一瞬の出会いでした…
遊闘132−悲しみの千年眼より




    片目を犠牲にし、シンディアとの再会を果たすペガサス…。
    その奇跡を起こしたのは千年眼のチカラでした。

    シンディアの魂を追い続けたペガサスがやっとたどり着いた奇跡の瞬間…。
    でも高橋先生はこの奇跡を「求めていた景色」と表現しています。

    …そう、これは魂との再会ではなく、ペガサスが見たかったモノを千年アイテムが見せているだけなのです。

      …虚像…

    ペガサスは幻を見るために片目を差し出してしまった…。
    もちろん自分で「求めていた景色」と言っている以上、ペガサスも自分が再会したシンディアが本当の彼女ではないことを理解していると思います。

    千年眼は人の深い欲望を呼び出し、それを目の前に映し出すという闇の力を持っているようです。
    そしてその闇に引き込まれた人間に待っているのは破滅です。

    注:アニメでは闇のバクラに千年眼を取られた後も生きていましたが、原作では死んでいると私は思っています)



 不死への憧れ


子供の頃から愛読していた「ファニーラビット」!
テレビの画面せましと暴れまわるキャラクター達はもう最高〜!
彼らは昔から私にとって親友みたいな存在だったのデース!
今でも彼らはずーっと私の心の箱庭で元気にかけ回っているのデース!
    彼らは私を裏切らない……
    永遠に死ぬことはない…

そんな世界にこれからユーを招待しましょう…
私のカードは−−− 『トゥーン・ワールド』!!

私の場に『トゥーン・ワールド』のカードが出ている限り、私が出すカードは
すべてがトゥーンと化すのデース!
トゥーンはどんな攻撃も寄せつけない
トゥーンは完全なる生命体を意味するのデース!

遊闘132−悲しみの千年眼より



    エジプトの地でシンディアの幻と再会したペガサス。
    しかし、その体験は今まで以上に深い傷をペガサスに残してしまったようです。

    シンディアとの出会いと別れを体験した青春期から逃げるように、子供時代の楽しい想い出に逃避しようとするペガサス。
    作品中でもワインを片手に漫画の世界に没頭していたペガサスの姿は異様でした。
    そして「トゥーン・デッキ」に対するペガサスの思い入れも鬼気迫る感じがします。

    人間の命の”はかなさ”と比べるとトゥーンの”永遠の命”のなんて素晴らしいこと…。
    「不死への憧れ」…その歪んだ考えがデュエルモンスターズを生み出したようです。



 ペガサスの夢


【Mr.クロケッツ】

    遊戯…ペガサス様が何故  執拗に海馬コーポレーションを手に入れようとしたか… それはすべて…その遊闘盤のためだったようだ…
    海馬コーポレーションは我々のM&Wのカードを立体化させるバーチャルシミュレーターを開発した…
    そしてその遊闘盤は最先端テクノロジーによって  さらに完璧な立体幻象化を実現させた

    ベガサス様はあのカードを…よりリアルに立体幻象化させる技術を手に入れたかったようだ…
    ペガサス様は永遠に恋人の幻影を追い続けていたのかも知れないな…


遊闘133 Mr.クロケッツ



    ペガサスの側近であるクロケッツ氏が語るペガサスの目的。
    語りながら、クロケッツ氏もだんだん夢から覚めていくようなセリフです。

    ペガサスの目的が単なる企業買収ではなく、ソリッドビジョンシステムを手に入れ、シンディアの幻ともう一度再会したいというペガサスの切ない想いがその背景にあること…。
    アニメでは「男の純情」と城之内が言っていましたが、まさにそうなんでしょうね。





【最後に】

人は死ぬと、どうなってしまうのか…。

    その答えは、肉体が「腐る」または「干からびる」…そしてやがて土に還る。

    …それだけです…。

【魂について】

昔から人々は魂の存在を信じ、死んだ者が無事にあの世にたどり着けるようにと護符を入れたり、生活に困らないよう家具を副葬したり、そして魂が戻ってきた時に困らないようにと、亡骸を保存するという難事に挑戦してきました。
そして多くの宗教が魂の存在を証明しようとしてきました。

でもまだ、すべての人が納得できるような答えは見つかっていません。

死後の世界、魂の存在…
テーマが重すぎて、私もよく分かりません。

ただペガサスを通して感じたのは、死んだ人間に会いたいとかあの世で楽しく生活して欲しいと願ったりする事は生きている人間のエゴだな…ということです。

でも死んで終わり…という考え方も淋しいと思ったりします。


参考文献:アメリカ感情旅行−安岡章太郎著(岩波新書)





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