遊戯王の謎−単独コーナー編

古代の神官大辞典



遊戯王の中、最強の美貌を誇る瀬人様がどうやら神官だったことが、イシズ姉さんのセリフ等々でなんとなく分かってきました。
そこで、古代エジプトの神官とはどんな生活をしていたのかを徹底的に探ってみることにしました。

小説や漫画の設定でお困りの皆様、是非参考にしていただき、史実に近い作品を作り上げてください。

注:▼はヘロドトスの「歴史」より抜粋。(ヘロドトスについてはページ下に説明あり)





エジプトの神官制度

    ★第18王朝時代、神官は四階級に分けられていました。
    その組織形態はピラミッドのようで、神官長をトップに、多くの人々が神殿で働いていました。

    ◆第一階級   ヘム・ネチェル  「ネチェルは「神」、ヘムは「奴僕」の意」
      ◎役職 : 神官長
      神官階級のなかで一番権威のある階級です。
      神殿での仕事は祭儀を執行し、神の声を王に伝える事ができる唯一の存在であり、行政方面では神殿の財産を管理していました。

      セト神官がこの地位についたのは、おそらく16歳くらい。(年表参照してね)。漫画とはいえ、ずいぶん早い出世です。
      当時のエジプトは能力主義なところもあるので、決して特別な事ではありません。おそらくセト神官は財務に優れた能力を発揮したのでしょう。数字に明るい人はいつの時代でも尊敬され、自然と地位もあがるものです。

    ◆第二階級   イト・ネチェル  「イトは「父」の意」
      ◎娘を王の後宮に入れた人たちや第二階級の神官をさすようです。
      彼らの役割はよく分かっていません。一種の名誉職だったかもしれません。

    ◆第三階級   ウアブ  「清浄な者」の意
      ◎雑用一般
      神殿の壁画に描かれる、つるつる頭の神官たちはだいたいがウアブです。
      主な仕事は、供物の運搬、神殿内の清掃、神殿の行政管理を受け持つ書記の仕事など、神殿管理に必要な雑事に日々追われていたようです。
      今で言うサラリーマン神官のようなもので神殿の外に家があり、毎日神殿に通っていたものもいました。

    ◆第四階級   ヘレジ・ヘベト  「パピルスの巻物を持つ者」の意
      ◎儀式監督官
      彼らは儀式がパピルスの巻物どおりに進行しているかどうかを監督するのが仕事です。


収入&税
    神殿の収入はおもに神殿がある土地の農民から徴収されました。
    まぁ神に対する献上品という扱いになりますが、神さまがパクパクとお召し上がりになるわけでもなく、一通り神に捧げる儀式を済ますと、さっさと神官用にと回されました。
    献上品にはワイン魚、肉などもあったようです。
    神官は菜食が前提なので、なまぐさ物は売ったりして収入にしていたとも考えられます。

    さらに王からの贈り物である土地、家畜、戦争奴隷あるいは捕虜なども加わってより神殿は潤っていきました。
    なかでも土地を永久的に与えられたことによって、神殿は重要な土地所有者の仲間入りをし、ひいてはアメンの神官団および高級神官たちの莫大な経済的、政治的権力を裏付けすることになりました。
    また神官たちに対する国税は、まとめて彼らが所属する神殿に課せられましたが、王はしばしば国税を免除したようです。

    ★やはりセト神官大金持ちのご身分だったようです。
    広大な土地や多くの奴隷を持つ姿は海馬コーポレーションの社長を彷彿とさせます。いやはや因縁の生まれ変わりとはいえ、ちょっとうらやましいですねぇ。

結婚・家族

    ▼神官が死ねばその子供が代わりに任命される。

    一般人の若者は「早く家庭をもて、そしてたくさんの子供を作れ」と忠告を受け、男は15歳、女は12歳で結婚を許されていました。
    けれど書記学校や神官学校などに通っている貴族の家庭では男は二十歳ぐらいまで妻をめとることを許さなかったようです。

    ★神官見習いは早くから神殿で修行を開始するので、そうそう女性と知り合うチャンスもなく、多くのものは親が見つけてきた女性と結婚するのが通例だったようです。
    ただセト神官は若くして地位もあったので、相当数の見合い話も持ち込まれたでしょう。
    ある意味、選びたい放題なんですがねぇ…。

髪&ヒゲ&胸毛&脇毛&陰毛

▼他国では神々に使える神官は長髪をたくわえているが、エジプトでは髪を剃っている

▼神官は隔日に全身を剃るが、それは彼らが神に奉仕する際にシラミやその他の不浄物が身についていないようにするためである。

古代エジプトでは「毛は不浄」という考えが一般的でしたから、神に仕える聖職者は特に清浄を心がけていました。ゆえに頭をつるつるに剃っていたことは歴史上の事実で、これはもうぜったいなのです。例外なんてありません(キッパリ!)
だからセト神官だけがキノコカットでいられる筈もなく、あの髪の毛はやはり「ヅラ」なのです。っか、「ヅラでなければならない」という厳しいオキテなのです。(T_T)

ヘロドトスのおじさんが「神官は隔日に全身を剃る」と書いています。
けど、ここで疑問がわいてきます。「全身って、ほんとに全身?」

私がトルコを旅していた時、こんな話を耳にしました。
「トルコ人の男性は、よく股間に手をやるよねぇ。あれは剃っている毛が少し伸びてくると、皮膚をちくちく刺すようになるので、かゆくて手が伸びてしまうらしい……」

イスラム教徒の男性は陰毛を剃っている!?

その時はあまり深く考えませんでしたが、今回はどうしても解明したくなり、ネット上をうろうろし、この無謀な疑問を某HPの掲示板にぶつけてみました。すると優しい管理人さんや常連の方からアドバイスがあり、私の疑問は晴れました。

「やはり、剃っているそうです」

「何故、陰毛を剃る必要があるのか?」
今では当のイスラム教徒もさまざまな考え方を持っていて、剃る人、剃らない人、自分は剃らないが奥さんには必ず剃らせている人、など様々です。
女性に対しては見栄えがよいからということのようですが…。
こういう習慣は砂漠に住む上での良いならわしであったからこそ、現代にまで続いていると思います。
ゆえに、古代エジプトの神官が陰毛も剃っていて、それが良いことだと一般人に広まり、習慣として砂漠に住むイスラム教徒に広まっていったとも言えるでしょう。

脱毛法
    イランでは,浴室に石灰・雄黄(ゆうおう)を混ぜて作った脱毛剤の入った壺が置いてあり,成人男性はそれを使って脇毛や陰毛を落とすそうです。
    エジプトの女性は砂糖をレモン汁で溶かして脱毛してるそうです。
    古代エジプトには神官専用のカミソリなどもありました。

★「セト神官全身の体毛を剃っている!(含む陰毛)」   という設定で小説は書けますでしょうか?
漫画は描けるでしょうか?(私の設定通りに作品を仕上げた方は是非お知らせ下さいね。)
しかしこれも歴史上の事実。逃げも隠れもできません!!
ちなみに眉毛は剃らなくてもイイみたいです。壁画を注意してみてみると、眉毛がしっかり描かれていましたから。
(この考えは私のミスですね…。剃った上から描いているんでしょう。おそらく…)

一般的な神官


新王国時代の典型的なカミソリ


神官の朝の儀式
    セト神官が見習いだった頃はどんな仕事をしていたのでしょうか?
    以下に朝の仕事をサクッと紹介したいと思います。

      神官は神殿に入る前に聖池で自らを清めなくてはなりません(沐浴)。
      清めた後、神殿に向かい、まず香炉に火を焚き、炭と香を満たします。
      次に神が夜を過ごした祠(ほこら)へ向かい、扉の粘土の封印を壊し、かんぬきをはずし、両開きの扉を開け、神像の前で大地にひれ伏し挨拶をします。
      次に賛歌を歌い蜂蜜を捧げ、像のまわりを四度まわります。
      最後に祠から像を出し、香油を塗ったり、水をかけたり、化粧を施した後、神像の衣服を新しくし、最後に王の権標をつけ、ようやく儀式が終わります。

      次は神様の食事の儀式です。
      神官は神(像)を祠に戻し、祭壇を清め、食べ物や飲み物を捧げます。
      料理の一つ一つはそれぞれ持ち上げられて、神に捧げられます。
      食事が終わると、祠の扉は閉められ、封印されます。
      神官は充分に気をつけて自分の足跡を消しながら部屋を清め、部屋を離れます。

神殿の様子

    アメン・ラー神に仕えていたセト神官はルクソールのカルナック大神殿に住んでいたでしょう。(おそらく…)
    ここでカルナック神殿の内部とか紹介したかったのですが、ちょっと資料が手に入らなかったので、代わりにルクソール神殿を例に神殿の内部を詳しく紹介します。
    おおまかな設置はあまり変わらないので、混乱はないと思うのですが…。早めに更新したいと思ってます。

神殿裏手の聖池
カルナック神殿裏の聖池
CG画像 ルクソール神殿のCG画像 全体の図面

    神殿は日乾し煉瓦の高い壁で囲まれた、大きな長方形の敷地の中央に立っています。

    PYLON多柱室 神殿へ入るには、まずPYLON(塔門)と呼ばれる、二つの大きなオベリスクに守られた門をくぐり抜けます。

    すると三方を列柱で囲まれた、屋根のない広い中庭に出ます。

    参拝者はこの中庭から多柱室に入ります。
    この巨大な柱が並ぶ部屋には天井があるため、外からの光は高い位置につけられた小窓を通じてしか入ってきません。
    薄暗い回廊に巨大な柱が立ち並ぶ様はちょっと怖いですねぇ。

    神殿の最奥は神を祀る至聖所です。
    この部屋は狭く奥行きの深い部屋で、窓がないため、真っ暗なので、神に奉仕する際は火を焚いたりしました。
    ここには王と職務についた一人、あるいは数人の神官だけしか入ることのできない神の個室でした。
    (逢い引きするにはちょうどいいかも (*^_^*)  (不謹慎かな!?))

    至聖所の周囲には、神の宝物や食べ物・衣服・香料などを収めた部屋がいくつもありました。
    神殿の建物と周壁との間には、聖職者たちの住まいや工房や庭園、そして聖池などがありました。



    ▼男子は各自二枚、衣を重ねるが、婦人は各一枚しか着用しない。常に洗い立ての亜麻の衣を着ており、体裁よりも清潔を愛している。
      男性の場合、おそらく肌に直接触れるふんどしと腰巻きを指して二枚と言っていると思われます。

    ▼神官は亜麻の衣とパピルスのぞうりしか用いない。それ以外に使用することを許されない。
      その他に神官は白色の衣しか着てはいけないという規則もあったようです。
      「古代エジプト人の生活」とダブリますが、儀式の際には豹の毛皮を身につけて望んだようです。
      神官の衣装はレリーフを調べてみると意外にデザインが豊富だったようです。
      上に紹介した神官と右の神官の衣装も似ているようでチョット違うのが分かります。

食事
    ▼青銅の杯で飲んでは、毎日その杯をみがきゆすいでいる。
      庶民レベルでは青銅のうつわを使うことはないと思いますが、貴族クラスだと、日々、金色に輝く青銅のうつわで飲んだり食べたりしていたんですね。衛生的でもあるし…。
      ちなみに砂漠地方では、日本で言う土器のような壺に水をためておくのですが、これは気化熱を利用し、中の水をぐーんと冷やしてくれる働きがあるのです。だから暑い 砂漠でも冷たい水を飲むことはできます。
      あと、動物の皮で作った水筒も同じように水を冷やしてくれます。ただ、独特の臭いが水にうつってしまうのが難点ですが…。

    ▼神官は葡萄酒も支給されるが、魚肉を食べることは許されない。
      昔からワインの製造が盛んだったエジプトではおいしいワインが製造されていたそうです。
      魚肉を食べることが禁じれていた神官たちも、おそらくワインを飲んで一日の鬱憤なんかをはらしていたのではないでしょうか。
      エジプトはまた、メソポタミア文明と並ぶほどビールの製造が盛んで、お墓の副葬品にビールを造る職人人形もあるほどです。(あの世でもビールが飲みたいんですね。)
      当時のビールは現代と同じように麦芽を発酵させて作りました。ただ炭酸は強くなく、麦の殻なんかをよけながら、葦のストローで飲んでいたので、「プハーッ!」と鼻の下に泡のヒゲをつくることはなかったようです。
      種類も豊富で茶色・鉄色、甘い(ナツメヤシとともに貯蔵したもの)、強い、白・黒・赤ビールなどがありました。


沐浴
    ▼神官は毎日昼間二回と夜間二回冷水沐浴する。
      神殿の写真に写っている池が沐浴に使用したところです。一見、貯水池のようですねぇ。

トイレ
    ▼放尿するのに婦人は立って行い、男子はしゃがんでする。
      男性でも座ってする国は結構あるのではないでしょうか。
      インドなんかも座ってするし…。あまり深く調べたことがないので、よく分かりません。
割礼
    ▼他の人間が局部を自然のままにしておくのに対し、エジプト人は包皮を切り取るのである。

      ★割礼とは?
        割礼とは性器の一部を除去する施術と儀礼のことです。
        といっても性器を全部切るのではなくて、伸びた包皮を環状に切り取り、陰茎に環状の溝をつけるようです。もちろん血も流れますが…。


      ★なぜ割礼するの?
        一般に現代の男性イスラーム教徒は包皮を切りとる割礼をすべきと考えています。
        彼らの意見として、割礼とは一種の「お祓い」だそうです。
        「人は生まれる前は汚れた存在であった。だから誕生後に清めてやらねばならない。」

      ★古代エジプト人もしていたの?
        資料人類学者のマレク・シュベルにより書かれた割礼の歴史によると、紀元前1350年頃エジプトで始まったという考古学的遺物(ミイラとか)もあるそうです。
        割礼は古代エジプトで始まったとも言われています。
        神官は切り取った自分の包皮を神に捧げることにより、神への永遠の信仰を示すのです。
        サッカラで発掘された、紀元前2423年から2262年の間に作られた墓の門柱に割礼を示すレリーフがあります。道具は石器のナイフです。そこには象形文字で「お前にいいことをしてやろう。」と書かれているそうです。怖〜い(^_^;)。
        しかし、ミイラを調べてみると、すべての人が割礼をしているわけでもなく、
        無傷のままのミイラも発掘されています。
        ちなみに割礼の傷みを除くために、電気魚をさわらせていたという説が…。


      いくつで儀式を受けるの?
        現在では男の子が生まれたら、生後7日目か7〜12歳の間に施術を行うようです。小さい時の方が痛みに強いですからね。
        古代エジプトでは成人式も兼ねていたので、13歳に行われていたようです。ちょうど少女に月経が訪れる時期と同じです。

    ★さぁ、これでセト神官立派な大人であることが分かりました。
    まぁ、知ってどうする…と言われそうですが…。
    資料として掲載した写真ですが、立って施術を受けています。これも凄いですね。
    更にどうでもいい情報ですが、現在、日本の病院で手術すると20万円かかるそうです。高額なんですねぇ。(-_-)

美容
    古代エジプトの高貴な人々は、植物などから抽出した香料などを顔や体に塗って、メイクを楽しんでいたようです。
    この香料の調合は、神官や医者がおこない、化粧品と言うよりも薬や膚の保護を目的としたものでした。
    原料には、ごま油やアーモンドオイル、そして香辛料のタイムなども用いられていたようです。

    また王族や貴族たちは芳香のある精油入りのお風呂につかり、その中でナイル川の土(天然の炭酸ソーダ)で体をこすり汚れを落とします。次にお風呂から出ると香油で全身をマッサージしました。
    そしてマッサージが終わると、全身に乾燥を防ぐための黄土色のクリームを塗りました。
    化粧にはコール墨と呼ばれる墨で、眉やまつげ、アイラインを黒々と描いていたようです。
    さらに、孔雀石を細かく砕き、粉末状にしたもので、グリーンのアイシャドーも入れていました。
    指の爪や髪にはヘンナから採取した溶液を使い、オレンジ色に染色していたようです。



身分のある者たちの日常
    ▼裕福な者たちの年少者は年長者に会うと、必ず道を譲るし、また、年長者が近づくと座を立つのである。
      貴族や神官が王宮に入るときは必ずひざまづいて地面にキスをしたそうです。
      いやぁ、ファラオってそんなに偉いんか…。そういやシャーディーも闇遊戯にひざまづいてたし…。

呪術師と神官の違い
    呪術師は呪文によって悪霊などを取り除いたり、封じこめることを仕事としていた。
    神官は祭事や儀式によって神に助けを求めて病気を治したり、神の宣託を告げたりしていた。

ヘロドトス
    「歴史の父」と呼ばれています。
    紀元前480年頃に今のトルコの地中海沿岸で生まれたらしいです。
    「エジプトはナイルの賜物」は彼が言った言葉。

    ★彼の書いた「歴史」という本がなければ、古代エジプト人の生活に近づくことはできなかったでしょう。
    改めて感謝したいです。
    と、いってもこの「歴史」の本の中心は古代ペルシャなどで、エジプトのページは少ないんです。
    興味のある方は是非、読んでみて下さい。



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