遊戯王の謎−時代衣装

遊戯王時代衣装−ロゼチュ編



真デュエルモンスターズU−継承されし記憶−


ゲームも持ってないし、資料もないですが、とりあえず、聞いたトコロの歴史的背景

 舞台はイギリス。時は1455年〜1485年
史実にあった薔薇戦争を題材に、赤薔薇派と白薔薇派に分かれて決闘!!


★薔薇戦争の由来
    ヨーク家の白バラ、ランカスター家の赤バラの紋章に由来する。
    両家の争いはイギリス全土を巻き込み、百年戦争後の戦力の余剰が内乱を一層熾烈なものとした。
    最終的にはランカスター家の血筋のヘンリー・チューダー(ヘンリ7世)とヨーク家のエリザベスの結婚により内乱は終結したが、長期の戦乱で貴族層は疲弊し、王権の強化が進んだ。
    ビジュアルワイド図説世界史




ヘンリー・ユギ・チューダー(闇遊戯)の衣装



考えられないのですが、これでも戦闘服らしいです(^_^;)。
腕丸出しはいかがなものかと…。

当時はズボンがずり落ちないように…という目的でベルトは使用しないので、
身につけているベルト類はすべて 「非実用的な装飾品」 になります。(その方がエッチな感じですねぇ(^_^)v)

良家のぼっちゃまは、腕も露出しないものです(*^_^*)。

印象的なマントはビロードかな。
表地が黒で裏は赤。
この赤は 「ケルメス」 と呼ばれる、地中海沿岸部にみられるカシの一種に寄生するアリマキ科の虫から取れる染料です。






クリスチャン・セト・ローゼンクロイツ (海馬瀬人)様の衣装



青眼白龍をモチーフにした鎧が、重そう…。
実際の使用を考えてみると、左右のバランスが悪いので(向かって右の翼の張り出しが…)、落馬の危険度が高いと思われます。

足下が描かれていませんが、同じ材質の脚当てで、脚全体を覆っていると思われます。

それと兜も必ずあったはずです。(ブルーアイズのような兜だったらおもろ〜(^O^))

本来は鎖帷子(くさりかたびら)を身につけていると思いますが、この図では着てないようです。

 謎のタートルネック
海馬瀬人と言えばタートルネックですが、この時代から着ていたとは(^_^;)。
それはそうと、この緑のタートルネック、おそらく素材は毛織物でしょう。

15世紀に入ると、多種類の色を染めることができるようになったのですが、緑だけは不人気でした。
安定性に欠ける色だからだそうです。

ちなみに緑色の象徴は、若者、狂人、不実な愛…となっております。





普段着の衣装


     当時の普段着…、貴族ですからねぇ…。
    私達が想像する中世の男が着ていたモノと言えば、ピエロのような上衣に「チョーチン・ブルマ」でしょうか。

    中世ヨーロッパ史における服飾史は、なんと20年単位くらいで分けることができるようです。
    それだけ、流行がはっきりしていたと言うことなんでしょうね。


     薔薇戦争が行われたのは、1455年から1485年…つまり15世紀になります。


    資料を探してみると、私たちが思わず吹き出してしまう 「チョーチン・ブルマ」 16世紀中頃にスペインの流行が入ってきたモノです。

    このチョーチン・ブルマ…、もともと細身のピッチリズボン(タイツ)の上に布を巻いていたモノが、次第に巨大化し、外観にふくらみをもたせたものです。
    (当時、社会の窓の切れ目から大切なモノが出ないように蓋布を使用していたのですが、ぴっちりでイヤラシイということから、さらに布で腰全体を隠すようになった)

    綺麗な丸みを出すために、またシワなどが出ないように麻屑や麦わらを詰め、そのほか、ポケット代わりにハンカチや財布、果物まで入れていたそうです。




    で、本題のロゼチュの普段着

     上衣

    15世紀の服飾スタイルは 「ゴシック・スタイル」 とも呼ばれています。

    ゴシックスタイルの特徴は、袖、裾、首まわりなど、末端を強調したデザインを取り入れているところで、それを 「グロテスク趣味」 と呼ぶ場合もあります。
    (モデル参照 (笑))

    グロテスクとは、徹底した自己否定、あるいは自虐の精神の意味を持ちますが、むしろ次の時代…ルネッサンスを迎えるための自己肯定主義の現れでもあるとする専門家もいます。

     その他の上衣

    ジャケット
    ゆったりとし、丈は長め、ウエストにベルトをし、ウエストから下はプリーツのあるスカート状の広がりとなっています。

    プールボアン(ジャケットの下に着ていたモノ)
    身体に密着したおそらく毛織物のようなモノを着ていたようです。

    肌着
    肌着には白い「シュミーズ」と呼ばれる、リネン(麻織物)を着ていたようです。
    これが下着になるようです。





     ズボンについて

    上図の「白タイツ」を穿いていたことは間違いありません。
    それもぴっちりとしたヤツを…。

    当時はジッパーだのベルトなど、便利なモノがついてないので、白タイツは上着と紐で結ばれていました。
    服の裏側に紐が出ていて、それにタイツから伸びている紐を結んでいました。

    「社会の窓」と言われる場所は 「蓋布」 がついていました。
    タイツがぴっちりしていたので、外からは異様に目立ったことでしょう。
    そのため、100年後、あのチョーチン・ブルマーが生まれたいきさつがあります。
    ただこの時代、上衣が長めだったので、それほど目立つことはなかったでしょう。
    素材はリネン(麻織物)または、絹。
    貴族は絹素材でしょう。ただ、冬は毛織物のモモヒキの可能性も…(^_^;)。




     まとめ

      というわけで、チョーチン・ブルマではないので、ご安心を。

      ただ、足の形がぱっちり出るスタイルであったことは確かなので、クリスチャン・セト・ローゼン・クロイツさんの膝小僧は拝めたでしょう。






(おまけ)  ロゼチュの先祖はファラオとセト神官?…について


    二人のご先祖サマはエジプト人…、それがなんで英国に? と思われる方もいるでしょう。
    でも古代エジプトと英国…、実は両国は深いつながりがあるのです。

    現在でも有名な秘密結社に 「フリーメーソン」 があります。
    世の中を闇の世界で支配しているという、噂の団体です。

    フリーメーソンの意味は 「自由な石工」

    由来はさまざまに言われていますが、一番古いトコロでは、エジプト・ギザにあるクフ王の大ピラミッドを建設した石工たちが、その高い技術力を持って世界に散っていったうちの、一つのグループが英国に渡り、秘密結社を作ったと言われています。
    あのような巨大な建造物を作り上げるには、組織力、そして技術力、そしてなによりも知識がなければ無理なわけで、その知識を他に広めず、師から弟子へと受け継ぐなかで、秘密の結社として形を整えていったと言われています。

    と言うわけで、この二人…、フリーメーソンである可能性もあるわけですね。





参考文献:
    西洋服飾史−菅原珠子&佐々井啓−朝倉書店
    ファッションの歴史−千村典生−平凡社
    中世衣生活史−徳井淑子(編訳)−頸草書房
    ビジュアルワイド図説世界史−東京書籍



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