遺跡馬鹿−タイの遺跡と博物館


所在地 遺跡名  
アユタヤ アユタヤ

遥か昔、ツアーで訪れた遺跡のため、あまり印象に残っていないのですが、人生における最初の海外遺跡訪問だったので、それなりに思い入れがあります。
ここは417年間もの間、5つの王朝が都として定め、35人の王が君臨した遺跡です。
アユタヤ王朝が築いた神殿群は広大な敷地に広がっています。
アユタヤ 日本人町跡

今は立派な歴史研究センターが建てられ、公園のように整備されているそうですが、私が訪問したときは、貧しい村の中心に一本の木が立っていて、ガイドさんが「ここが日本人村のあったところです。」と説明してくれました。
敷地のはずれの船着き場を覗いてみると、村人が小舟に乗って、どんぶりを川の水で洗ってました。まさに「強者どもが夢の跡」を実感しました。
カンチャナブリ 泰緬鉄橋(クウェー川鉄橋)

映画「戦場に架ける橋」の舞台になった橋が架かるところ。
第2次世界大戦中、日本軍の軍需物質輸送のために建造された鉄道のため、町のあちらこちらに当時の捕虜達の墓や生活を再現した博物館があります。
鉄路の上を歩いて向こう岸に渡れますが、板の隙間から下の川が見えるので、とっても恐いです。
カンチャナブリ JEATH戦争博物館 泰緬鉄道建設に従事させられた捕虜たちが収容されていた収容所を再現した博物館。
建物は竹で出来ていて、内部には当時撮影された写真などが展示してあります。
感じ方は人、それぞれでしょうが、私がうなってしまったのは、白人捕虜の皆さんが「ふんどし」をして写真に写っていたことです。
彼らにとってそれはとても屈辱的なことだったのではないかと思いましたが、皆さんはどうですか…。
チェンマイ チェンマイ国立博物館
町の中心から離れているので行くのに面倒ですが、中庭に再現されたタイの瀬戸物工房跡はなかなか面白いです。
タイは「宋胡録(すんころく)」という古い焼き物が有名ですが、この博物館では 名品の数々が展示してあるので、館内で完成品を堪能し、中庭で職人が創作に没頭していた姿を想像するという、楽しみがあります。
チェンマイワット・チャンディ・ルアン

大きな仏塔が目玉のこの塔は現在60mほどの高さだが、建立された当時は86mもあったそうです。
チェンマイワット・チェット・ヨート

1455年に建てられた寺で、「7つの尖塔」という名を持つ。 チェンマイ国立博物館の近くにあります。
スコータイ スコータイ

ツアーで行ったので、あんまりよく覚えていませんが、入口近くに建てられた、「ラームカムヘン大王記念碑」は、特に印象深く残っています。なぜなら女性ガイドさんが花をこの像にそなえ、熱心に願をかけていたからです。 芝生が綺麗な遺跡でした。
カンペーン・ペット ワット・プラ・シーイリヤボット

ここでの見所は高さ9mある立仏像です。
階段をあがって行くと仏像の耳元に出ます。ここで願い事を大きな声で言うと願いが叶うそうです。




  遺跡馬鹿−カンボジアの遺跡と博物館


所在地 遺跡名  
プノンペン トゥオル・スレン博物館 ポル・ポト政権下に刑務所として使われていた高校を今、博物館として開放しています。
拷問部屋から始まって、収容部屋などを巡り、最後の部屋にはここで亡くなった人たちの顔写真と頭蓋骨で作った地図が待っていて、なんともやれきれない気持ちにさせてくれます。
プノンペン キリング・フィールド

大量虐殺が行われ、遺体を遺棄したところです。
現場に行くと、ボコボコと大きな穴があり、そこから多くの遺体が見つかりました。
現在、広場に供養塔が建ち、出土した頭蓋骨を収めてあります。
同名の映画を見てから行くと、更に良いと思います。
シェムリアップ アンコールワットとアンコール・トム

遥か昔、「ゲゲゲの鬼太郎」でジャングルに現れる日本兵の亡霊話ありましたよね。
ココへ来てまずそれが頭に浮かびました。
多くの解説書やホームページもあるので、野暮な説明は省略しますが、「バイヨン神殿の観音サマの微笑みは、本当に美しいです。感動しました。
おみやげにレリーフの拓本をオススメします。なかなか良いですよ。

ちなみに右手の写真は「神々と阿修羅がナーガ(蛇神)の胴体を引き合っている像です。
シェムリアッププリア・コー

この遺跡はアンコールワットの遺跡群の中でも最古の寺院で、
「聖なる牛」という名前を持つそうです。
879年に建立されました。
シェムリアップ東メボン寺院

本来は貯水池だったのだが、現在は水がありません。
952年に建てられたシヴァ派の寺院です。
周囲の四隅にはカワイイ象の彫像があります。
シェムリアップニャック・ポアン

ニャック・ポアンとは「からみあう蛇」という意味があるそうです。
ここも水が涸れているため、池と言われてもピンとはこない感じです。
シェムリアップバコン

三重の周壁に囲まれた寺院で、881年に建立されました。
ピラミッド型のシルエットを持つこの寺院は登ると結構、高さがあります。




  遺跡馬鹿−ベトナムの遺跡と博物館


所在地 遺跡名  
サイゴン カオダイ教寺院

カオダイ教とは仏教儒教道教イスラム教カソリックを混合した世にも不思議な宗教。
タイニン省の人口の3分の2がカオダイ教徒の信者とも言われてる。
教会の中にはマリア様やら観音様等々、いろんな神様が一緒くたに礼されており、不思議な空間を作り上げている。
シンボルマークの目は「宇宙の原理」の象徴だそうです。フリーメーソンのシンボルにも見えるのだが…。
カオダイ教が祭る聖人には「キリスト、釈迦、孔子、ソクラテス、マホメット、ビクトル・ユーゴー、トルストイ」等々。
ニャチャン ボー・ナガール廟

チャンパ王国の遺跡

チャンパとは?
192年にフエ地方に興り、1471年にベトナム軍に敗退するまで続いた王朝です。
中国様式の王宮や軍事機構などを積極的に取り入れ、おおいに繁栄しました。
中国の史書「梁書」には中国とバクダッドとの通商貿易の拠点となったと記されています。
ホイアン日本橋

17世紀に日本人町があったそうです。 写真の橋は「来遠橋」といいますが、通称「日本橋」で通ってます。
この橋を挟んで、手前が日本人町、奥が中国人町だったそうです。
現在は日本人町に中国人が住んでいて、「うなぎの寝床」と呼ばれる古民家が多く残っています。
フエティエンムー寺

1601年に建てられた寺で、フエの市内から貸し自転車で行くことが出来ます。
塔の高さは21.24m、7層の各部屋には仏像が安置されているそうです。




  遺跡馬鹿−ラオスの遺跡と博物館


所在地 遺跡名  
ビエンチャン 凱旋門

独立記念塔。地元の言葉で「アーヌサーワリー」。
戦没者慰霊塔。1960年代に王国政府が建てたもの。内部に階段がついていて、上に登ることができる。
ここからの眺めはなかなか良い。
ビェンチャンタート・ダム

黒塔という名を持つこの塔は、以下の伝説を持っています。
「このあたりには昔、竜が住んでいて、その竜がタイが町を攻めにきたとき、町を守ったという伝説があります。
作られたのは18世紀か19世紀らしいのですが、詳しいことはあまり分からないそうです。
ビェンチャンタート・ルアン

市の中心部から3キロほど東に立っている、ラオス随一の塔です。
1560年にセーターティラート王がビェンチャンに遷都した後、現在の塔が建てられた。
もともとここには、紀元前307年に最初の塔が建てられていたそうです。
ビェンチャンシェンクワン寺

謎のコンクリート製の仏像がゴロゴロする、摩訶不思議な世界。
仏教の教えを説くための仏像群のようにも思えるのですが、日本人の私からすると、なんともいえない、禍々しさを感じるところです。
巨大なリンゴのような寺院の中には、鬼やら蛇やら、ちょっと怖い飾り物もあり、まるでお化け屋敷のようでした。
シェンクアーンジャール平原の酒壺

絵だけで恐縮ですが、ラオスの奥地には、絵に描かれているような、石の酒壺(のようなもの)がゴロゴロしている平原があります。
これはいったい何なのか?という訳で、いろいろな学説が出ているようです。
たとえば「石棺説」や「酒壺説」等々。
私がラオスを訪れた時は雨期で道がないと言われ、諦めてしまいましたが、チャンスがあれば実物を見てみたいです。


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